ローンボウルズの歴史

ローンボウルズの起源は?

ローンボウルズの起源については、「数千年前、古代エジプトで行なわれていた」という説があります。インターネットで検索すると、あちこちのサイトやブログにそう書かれていますし、ローンボウルズ競技の国際統括団体であるワールド・ボウルズ(WB)も「エジプトの遺跡から7000年前にバイアスのある石球を使ったスポーツがあったことを示す出土品が見つかっている」と書いています。ただし、この古代エジプト起源説は、明確な証拠が確認できないばかりか、根拠とされてきたことがらに事実誤認があった可能性も指摘されています(参考文献:川本真浩「ローンボウルズの「来歴」再考」『海南史学』55号、2017年、所収)。

近世イングランドで大人気!

ローンボウルズの起源が古代エジプトにさかのぼれるかどうかはともかく、現在おこなわれているローンボウルズが19世紀にイギリスでおこなわれていたものを「直接のルーツ」(現在のローンボウルズの姿に近いスポーツとしてほぼ確立したという意味でのルーツ)とすることは間違いありません(これについては、あとで詳しく述べます)。それならば、イギリスの古い文献に何か記録があるだろう、そのもっとも古いモノは何だ?それこそがローンボウルズの起源じゃないか?と考えられるかもしれません。

球を転がす遊びが中世ヨーロッパに存在したことは、当時のさまざまな文献に確認できます。しかし、それが現在のローンボウルズとどれくらい似ていたのかは、はっきりとわかっていません。「14世紀にボウルズ禁止令が発せられた」いう話がウェブサイトや本に出てきますが、じつは、それらにはbowlsという語が使われていないか、またはそれに近い単語が使われていても現在のローンボウルズの特徴に合致するゲームを指しているという明白な証拠がないのです。

イギリスに残っている古い文書のなかにボウルズbowlsやボウリングbowlingという言葉の用例が多く現れるようになるのは、今から五百年ぐらい前の15世紀後半から16世紀にかけて、高校世界史の教科書に出てくる言葉で言えば「大航海時代」や「宗教改革」の時代です。今のイギリスはイングランド王国やスコットランド王国などに分かれていました。とくに16世紀前半のイングランド国王ヘンリ8世は、身分の低い者がボウルズないしボウリングをやることを禁止する命令やボウルズ場の建設を規制する命令を出します。かたや、ヘンリ自身は宮殿内にボウルズ場をつくって遊んでいます。

こうしたことから、この頃のイングランド王国には国王から下々の民までボウルズを楽しむ人がおおぜいいたことがうかがえます。当時の有名な作家シェークスピアの作品にボウルズが登場することや、1588年にスペインの無敵艦隊が攻めてきたときにイングランド海軍を率いたフランシス・ドレイクが海戦の直前までボウルズに興じていたという「伝説」がつくりだされたことからも、その人気の高さがうかがえます。17世紀初めにロンドンで出版された書物にはバイアスのある球が使われたことを示す記述があり、当時の具体的なボウルズの姿も確認できます。

そして1670年には、当時のイングランド国王チャールズ2世が(現在確認されている最古の)「ボウルズ競技規則」を定めました。その規則には、現在のローンボウルズと類似する部分がいくつも見出されます。ただし、この競技規則は国内に広まったという痕跡がまったく見当たりません。どうやら歴史のなかに埋もれてしまったようです。

このように、相変わらず、ローンボウルズの歴史にははっきりとわからない部分が多いのも事実です。しかし、いずれにしても、「ハムレット」や「ロミオとジュリエット」が書かれた時代におこなわれていたゲームを遠いルーツとしているかも知れないスポーツを21世紀に生きるわれわれが楽しんでいるのはたしかなようです。そのように考えれば、ローンボウルズの歴史の古さ、歴史のロマンをじゅうぶん実感できるのではないでしょうか。

19世紀のローンボウルズ:国際化のはじまり

ローンボウルズに詳しい日本人ボウラーの間でさえあまり知られていないことですが、ローンボウルズにはいくつかの種類があります。現在の日本でおこなわれているローンボウルズは国際競技団体であるワールド・ボウルズ(WB)が定めた競技規則にのっとったものですが、それはあくまでイギリスでおこなわれてきた(かつ現在もおこなわれている)ローンボウルズのひとつにすぎません。

では、21世紀の今日、日本をはじめとして世界各地で広くおこなわれているWB競技規則によるローンボウルズの「直接のルーツ」はどこに探し求められるでしょうか。その歴史をたどっていくと、19世紀のイギリス、その北部に位置するスコットランドにたどりつきます。工業都市として有名なグラスゴーで1848年に開かれたボウルズ・クラブの代表者たちの会議がきっかけとなって、1864年に統一競技規則が定められます。この競技規則がスコットランドの各クラブでの試合やクラブ対抗戦などで採用され、それが次第に地理的に広がっていくことで、このスコットランド・タイプのローンボウルズ(実際に当時のイングランドでは「スコッチ・ゲーム」ともよばれました)は国内外に広がっていきます。

統一的な競技規則が定められ、それにのっとったゲームがより大きな地理的範囲で行なわれるようになること(ローカル・ルールから国内ルールそして国際ルールへ)と、その競技規則をつかさどる競技団体が大規模化していくことの2つは、「スポーツの近代化と国際化」のお決まりのパターンです。その点で、ローンボウルズの近代化とグローバル化にきわめて重要な役割を果たしたのはスコットランド出身の人びとでした。たとえば現在のオーストラリアや香港で最初にローンボウルズ・クラブをたちあげたのはスコットランド人でした。1864年に設立されたメルボルンのクラブでは早くから「スコッチ・ゲーム」のボウルズがおこなわれていました。つまり、オーストラリアでは本国イングランドよりも先に「スコットランドふうのローンボウルズ」が広まったのです。

19世紀末から20世紀初めにかけて、競技団体も大きくなりました。これについてもオーストラリアが本国に先んじていて、1880年にメルボルンでヴィクトリア植民地全体を統括する競技団体が設立されます。そのあと、1892年にスコットランドそして1903年にイングランドでも、それぞれナショナルな競技団体が設立されました。とくに、イングランド協会が「スコッチ・ゲーム」すなわちスコットランドの統一競技規則を採用するとともに先(1899年)にオーストラリアで設立されていた帝国ボウリング協会をもとりこむことによって、国際競技としてのローンボウルズの基本的な枠組みがつくられます(この頃のイングランド協会を率いていたW・G・グレイスはクリケット選手としてひじょうに有名だった人物です)。つまり、19世紀中ごろにスコットランドでおこなわれていたローンボウルズがあり、それにそってその頃スコットランドで定められた統一競技規則が現在のローンボウルズの国際競技規則の父祖なのです。

近年の新たな展開:本格的なグローバル・スポーツとして

その後、20世紀の間にいくたびかの組織改編を経たのち、2002年に世界ボウリング委員会(WBB)と国際女子ボウリング委員会(IWBB)が統合されてワールド・ボウルズ(WB)が設立されました。WBは世界選手権やコモンウェルス・ゲームズを頂点とするローンボウルズ競技の国際競技統括団体です。現在、ローンボウルズ競技の日本を代表する統括団体であるローンボウルズ日本(BOWLS JAPAN)もこのWBに加盟しており、国際競技規則にのっとった日本選手権大会の実施運営や、世界大会やアジア大会などの国際大会への日本代表選手派遣事業をおこなっています。

ちなみに、2002年にWBが設立されるまで、ローンボウルズ競技の国際統括団体は男女別々でした。現在では、オリンピック種目をめざしたり世界選手権を開催したりするために、男女の組織が一緒になっているのがあたりまえだと考えられています。しかし、イギリスを中心に発展していった競技のいくつかは、男女の国際組織が分かれていました。イギリス国内の地域スポーツ組織の事例でいうと、陸上競技のようなメジャー・スポーツでさえ1991年になってようやく男女の組織が統一されたほどです(イングランドの例)。ローンボウルズの場合、1980年代からWBBとIWBBの間で交わされたオリンピック種目をめざすための議論のなかで統合の話が出て、ようやく2002年に統合が実現したというわけです。

1930年に始まるエンパイア・ゲームズ(現在のコモンウェルス・ゲームズ=英連邦競技会)も、ローンボウルズのグローバルな展開のなかで見すごすことができません。同競技会では、第1回大会以来、1966年大会を除くすべての大会でローンボウルズが行なわれています。1966年大会では開催地であったジャマイカの首都キングストンにグリーンがなかったためにローンボウルズは実施されませんでしたが、その代替措置をきっかけとして世界選手権が開催されるようになりました。

オーストラリアのブリスベン(クイーンズランド州)で2032年に開催されるオリンピック/パラリンピックでの正式競技採用を目指して、WBの本部は2022年にスコットランドのエディンバラからオーストラリアのメルボルン(ヴィクトリア州)に移されました。もっともWBの総会は依然としてコモンウェルス・ゲームズの開催にあわせて開かれています。

以上のような歴史と現状からも、二百年近く前からグローバルに展開し始めていたローンボウルズが長きにわたってイギリスのスポーツ文化の影響を強く受けてきたことがみてとれます。